スーパーファミコンは母に没収され、今も行方不明です ― 30年ぶんのゲーム遍歴

趣味の記録

スーパーファミコンは母に没収され、今も行方不明です ― 30年ぶんのゲーム遍歴

僕の実家には、行方不明のスーパーファミコンがあります。

正確に言うと、

母に没収されたまま、どこにあるのか分からなくなったスーパーファミコン

です。

ついでにニンテンドー64も見当たりません。

ワンダースワンクリスタルも消息不明です笑。

今日はゲームの話です。

このブログでは、実はゲームの話が何度も出てきています。

投資を始めたきっかけのひとつが、ゲームソフトを株主優待で買いたかったこと。

子育てが始まって自分の時間が減ったあとも、ゲームは細々と続いていること。

それなのに、ゲームそのものについて単独の記事を書いたことはありませんでした。

というわけで、今回は僕の30年近いゲーム遍歴を、一度まとめてみようと思います。

始まりは、叔母の家のスーパーファミコン

初めてゲームに触れたのがいつだったのか、正確には覚えていません。

ただ、強烈に覚えている場面があります。

まだ自分のゲーム機を持っていなかった頃、叔母の家に遊びに行くと、スーパーファミコンがありました。

そこで遊ばせてもらったのが、

『ヨッシーアイランド』と『スーパーマリオワールド』。

めちゃくちゃ面白かったです。

外へ遊びに行くより、

1分でも長くゲームをしていたい。

そんな感じでした笑。

もう一つ覚えているのが、神戸のハーバーランドにあったソフマップです。

ゲームソフトがずらっと並んでいて、さらに試遊台まである。

小学生の僕にとっては、夢のような場所でした笑。

その後、かなりねだったのだと思いますが、自宅にもスーパーファミコンを買ってもらいました。

よく遊んだのは、

『スーパードンキーコング2』
『スーパーマリオカート』
『星のカービィ スーパーデラックス』

あたりです。

カービィは弟とよく遊びました。

そして忘れられないのが、ミニ四駆の『シャイニングスコーピオン』。

攻略本を死ぬほど読み込んだのに、当時の僕には難しくてクリアできませんでした笑。

中学生になってから友人に借りた『ドラゴンクエストVI』にも感動しました。

今振り返ると、この頃にだいたい今の自分の原型ができています笑。

弟がニンテンドー64を当ててきた

小学生の途中で、突然わが家にニンテンドー64がやってきました。

弟がクリスマスのイベントで当ててきたからです笑。

両親はゲームが好きではありませんでした。

ただ、もうゲーム機が家にある。

そうなるとソフトは買ってもらえました笑。

『スターフォックス64』
『マリオテニス64』
『大乱闘スマッシュブラザーズ』
『マリオカート64』

あたりはかなり遊びました。

マリオテニスは、兄弟だけでなく祖母も一緒にプレイしていました。

ゲームというと一人で黙々とやるイメージもありますが、僕の場合は昔から家族や友人と遊んだ記憶もかなり多いです。

そして、抑圧の時代へ

さて、ここからが本題です。

先ほど書いた通り、両親はゲームが好きではありませんでした。

当然、かなり制限されました。

今でいう、

「スマホ取り上げるよ」

に近いのでしょうか笑。

なので僕は、

親がいない時間に隠れてゲームをしていました。

そしてバレます。

ゲームのコードを隠されます。

僕は家の中を探して、そのコードを見つけます。

また隠れてゲームをします。

またバレます。

またコードを隠されます。

また見つけます。

……この攻防を何回やったのか分かりません笑。

最終的に母は、

ゲームソフトを知人に預ける

という戦術に出ました。

これは強かったです。

さすがに見つけられません笑。

ハード自体も没収され、冒頭に書いた通り、スーパーファミコンと64は現在も行方不明です。

僕の印象では、幼少期のゲームへの抑圧はかなり強かったと思います。

「合格したら、いくらでもゲームしていい」

僕は中学受験をしました。

小学3年生から塾へ通い始め、6年生になる頃には、かなりの時間を勉強に使っていました。

そんな中で、親から言われていた言葉があります。

「合格したら、いくらでもゲームをやっていい」

これを励みに頑張りました。

正直、途中ではダメかと思いましたが、なんとか合格。

僕の記憶にある限り、あのときが人生で一番親に喜んでもらえた瞬間だった気がします笑。

そして約束通り、

ゲームをやりまくりました。

その結果。

進学校で、見事に落ちこぼれ組に入りました笑。

……こう書くと完全にゲームが原因に見えますが、たぶんそれだけではありません。

小学校までは丁寧に勉強を見てもらっていました。

ところが中学へ入ると、周囲は優秀な人ばかり。

学校も自由な校風で、かなり自主性が求められました。

家からも遠くなり、生活環境も全部変わった。

単純に、勉強の仕方が分からなくなったのだと思います。

まあ、勉強にあまり興味を持てず、ゲームに勤しんでいた影響もゼロではないと思いますが笑。

携帯ゲーム機が、ものすごく相性よかった

中学校に入ると、通学時間が長くなりました。

家でゲームをしていると親からいろいろ言われます。

そこで大活躍したのが、

携帯ゲーム機です。

小学生の頃にお年玉で買ったゲームボーイカラーを、電車やバスの中でずっとやっていました。

特にハマったのが『メダロット』シリーズです。

アニメも見ていたので思い入れがあり、ソフトを順番に集めてかなり遊びました。

RPGとして冒険している感じが強くて、本当に好きでした。

その後はゲームボーイアドバンス。

『ファイアーエムブレム』
『黄金の太陽』
『テイルズ オブ ファンタジア』
『牧場物語』
『スーパーロボット大戦』

など、思い出深い作品がたくさんあります。

全部語り始めるとこの記事が終わらないので、今日はこのくらいにします笑。

高校卒業までには、ニンテンドーDSとPSPも手に入りました。

特にPSPは、友人と遊ぶ機会が多かったです。

『メタルギア ソリッド ポータブル・オプス』や『モンスターハンター』。

携帯機同士で無線通信して、一緒に遊べることにかなり感動しました。

それまでは、電車の中でゲームボーイアドバンスを通信ケーブルで物理的につないで、4人でぷよぷよやボンバーマンをやっていましたから。

当時同じ車両に乗っていた皆さま、すみませんでした笑。

それが無線になり、離れた席でも一緒に遊べる。

すごい時代になったと思いました。

……そして今振り返ってみると、この頃からずっと、

僕は「隙間時間に遊べるゲーム」と相性が良かった

んですよね。

これは30年近く経った今にもつながっています。

ゲーム嫌いの父が、PS2とガンダムを買ってきた

高校生の頃、PS2を手に入れました。

これは自分で買ったわけではありません。

ゲームが好きではなく、しかも息子の成績がかなり悪いにもかかわらず、

父がプレゼントとして買ってきてくれました。

しかも、一緒に買ってきたゲームが、

『機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙』。

父はガンダムをほとんど知りません笑。

おそらく、僕が友人とガンダムの話をしているのを聞いていたのだと思います。

このゲームがまた、ものすごく面白かった。

たくさん遊びました。

PS2そのものは後に手放しましたが、このエピソードは今でもかなり印象に残っています。

自分が興味のないものでも、息子が好きだから買ってきてくれた。

今、親になってみると、昔とは少し違った見え方もします。

ゲーム以外に夢中になれた高校時代

中学時代は、

「成績が悪いやつ」

というのが、自分の中でもかなり大きなアイデンティティになっていました。

高校では合唱部に入り、かなり頑張りました。

部長もやりましたし、クラス対抗の合唱では指揮もしました。

すると、

「成績が悪いやつ」

だけだった自分が、

「合唱を頑張っていて、部長もやっているやつ」

に少し変わりました笑。

成績自体はどん底のままでしたが、学校生活はかなり楽しかったです。

高校卒業後は医学部だけを受験して、見事に全滅しました笑。

そこから浪人生活に入ります。

浪人1年目、5浪の「長老」と出会う

浪人1年目。

心機一転、今度こそ勉強しようと思っていました。

ところが、予備校で仲良くなった人が、

5浪の「長老」

でした。

……遊んでしまいました笑。

『メタルギア』と『モンスターハンター』を一緒にやっていました。

結果、1浪目は国立も私立も全滅。

2浪目に入りました。

これはまずいと思い、付き合う人も含めて生活を少し変えました。

2浪目はしっかり勉強し、無事に国公立の医学部へ合格できました。

ゲームが人生を狂わせた、とは思っていません。

でも、

僕は放っておくと普通にゲームをやり続ける人間である

ということは、よく分かります笑。

医学部でも、ゲームは普通にやっていました

医学部へ入ったからといって、ゲームを卒業したわけではありません。

PS3では、友人と『バイオハザード5』を協力してクリアしたのが思い出深いです。

解剖実習のあと、友人が『グランツーリスモ』でひたすらライセンスを取っている横で、僕はずっと寝ていたこともあります笑。

医学部生活というと勉強ばかりに見えるかもしれませんが、僕の記憶の中には、こういうどうでもいい時間もかなり残っています。

むしろ、そういう時間の方が後から思い出すのかもしれません。

社会人になって、Steamの世界へ

働き始めてからは、ゲーミングPCを買いました。

Steamデビューです。

『GTA5』では、自由度の高さとグラフィックに驚きました。

『メタルギア ソリッドV』では、好きなシリーズの最新作が当時の高性能PCでヌルヌル動くことに感動しました笑。

そしてコロナ禍。

外へ出られなくなった時期は、

『FINAL FANTASY XIV』でオンラインの世界へ出ていました。

職場の先生に勧めてもらい、コミュニティにも入れてもらいました。

チャットしたり、ストーリーの進行を手伝ってもらったり、アイテムをもらったり。

現実では外に出られないのに、ゲームの中では知らない場所へ行ける。

あの時期には、かなりありがたい存在でした。

その後、まとまった時間を取りづらくなって離れてしまいましたが、またやりたい気持ちはあります。

2026年8月にはSwitch 2版も出たので、携帯機好きとしてはかなり気になっています笑。

現在はSwitch 2とPS5。でも、やっぱり任天堂機が強い

現在はSwitch 2、Switch、PS5などがあります。

ただ、実際によく遊ぶのは圧倒的にSwitch系です。

理由は単純で、

手軽だから。

『スプラトゥーン3』
『モンスターハンターライズ:サンブレイク』
『リングフィット アドベンチャー』
『十三機兵防衛圏』
『ユニコーンオーバーロード』
『UNDERTALE』

など、かなり遊びました。

そして友人や職場の同僚とやって特に盛り上がるのが、

『オーバークック』。

あれは最高のパーティーゲームだと思います。

人の本性が出ます笑。

モンスターハンターは妻も遊ぶので、出産前はよく一緒に狩りへ行っていました。

最近は二人そろってまとまった時間を作るのが難しく、なかなかできていません。

リングフィットもかなりやりました。

今は別のワークアウトを毎日19分ほどしていますが、運動を意識するきっかけになったのは、リングフィットだった気がします。

ゲーム、意外と健康にも貢献しています笑。

そして床には、10年前のゲーミングPC

一方、我が家には現在、

電源すら入れられないゲーミングPC

があります。

故障したわけではありません。

子育てに伴って部屋を整理した結果、モニターにもコンセントにもつながっておらず、デスクトップ本体だけが床に置かれています笑。

グラフィックカードはGTX 970。

買った当時は十分高性能でしたが、今となってはかなり年季が入っています。

後から買ったゲーミングノートPCも、ほぼ置物です。

以前買った電動ゆりかごも置物。

ゲーミングPCも置物。

……うちには置物が多いですね笑。

ゲームが、株を買うきっかけにもなった

以前の記事にも書きましたが、僕が投資を始めた頃に買った株のひとつがヤマダ電機でした。

目的のひとつは、

株主優待でゲームを買うこと。

実際、昔は優待を使ってゲームソフトをよく買いました。

比較的最近でも、弟へのゲームのプレゼントに家電量販店の優待券を使ったことがあります。

ただ最近は、この使い方も減ってきました。

ダウンロード版を買うことが増えたからです。

店舗へ行かなくても買える。

予約しておけば、発売日にすぐ遊べる。

めちゃくちゃ便利です。

その一方で、

「ゲームを買った」という実感は、昔より少し薄くなった

気もします。

暑い日も寒い日もゲームショップへ行って、棚を眺めて、パッケージを持ってレジへ行く。

手間をかけて手に入れたゲームの方が、なぜか思い入れが強い気がするんですよね。

物を増やしたくないのでダウンロード版はありがたい。

でも、たまにはあえて店で買うのもいいのかもしれません。

大人になってメダロットを買ったら、ほとんどやらなかった

この話を象徴する出来事があります。

大人になってから、『メダロット』の過去作をまとめた限定版を買いました。

中学時代、あれほど遊んだシリーズです。

絶対楽しいと思いました。

買いました。

ほとんどやりませんでした笑。

昔好きだったものを、今の自分も同じ熱量で好きとは限らない。

当たり前なのですが、少し寂しい発見でした。

LUMIXを買って「YouTubeをやるぞ」と思ったのに、一度も動画を撮らなかった話とかなり似ています笑。

物ではなく、

「昔の自分が好きだった気持ち」まで買い戻そうとしていた

のかもしれません。

なぜ、ゲームだけは育児中でも残ったのか

ここからが、今回この記事を書いていて一番面白かったところです。

子どもが生まれて、自分の趣味はかなり削られました。

読書。

サウナ。

ロードスター。

カメラ。

まとまった時間や、家を離れる必要がある趣味は特に難しくなりました。

それなのに、

ゲームは残りました。

もちろん、単純に好きだからというのが大前提です。

でも、それだけではない気がします。

ゲームは、

始めやすくて、中断しやすい。

特にSwitch 2のような携帯できるゲーム機は、この点が非常に強いです。

子どもが寝た。

少しだけ時間ができた。

ゲームを始める。

泣いた。

中断する。

落ち着いた。

また続きから遊ぶ。

この粒度で遊べます。

以前、ブログが育児中でも続いている理由について、

中断して、また再開できるから

と書きました。

ゲームも全く同じでした。

そして考えてみれば、中学生の僕も通学電車の中でゲームボーイカラーをやっていました。

高校生ではPSP。

社会人になってSwitch。

僕は30年近く、細切れの時間でゲームをする方法を磨き続けていたようです笑。

親の目を盗んでゲームをしていた頃からの訓練が、まさか育児期に役立つとは思いませんでした。

育児期に残る趣味は、「面白さ」だけでは決まらない

これはゲームに限らない話かもしれません。

育児中に続けやすい趣味には、

  • すぐ始められる
  • すぐやめられる
  • 家の中でできる
  • 準備が少ない
  • 30分でも楽しめる

という特徴がある気がします。

もちろん、面白いことは大前提です。

でも、

趣味の面白さ以上に、「時間の粒度」が重要になる時期がある。

これは子どもが生まれて初めて実感しました。

サウナが嫌いになったわけではありません。

ロードスターが嫌いになったわけでもありません。

今の生活に、少しハマりにくくなっただけです。

ゲームは逆に、今の生活にもハマった。

それだけなのかもしれません。

自分の時間への罪悪感も、少し変わってきた

以前、自分の時間を持つことに罪悪感があるという記事を書きました。

あの頃は、

「自分だけ楽しんでいいのか」

という気持ちがかなり強かったです。

今も完全になくなったわけではありません。

ただ最近は、少し考え方が変わってきました。

自分のやりたいことを遠慮しすぎるのも、良くない。

と思うようになりました。

子育ては大変です。

だからこそ、自分にできることはきちんとやる。

足りないところがあれば妻に言ってもらう。

言われていないことまで先回りして、

「もっとやらなければ」

と過度に自分を追い込まない。

そして許容される範囲の中では、自分の好きなこともちゃんと楽しむ。

自分が機嫌よく過ごせることは、家庭にとっても悪いことではないと思います。

前向きに生活するために、積極的に楽しむ。

今はそんなふうに考えています。

ゲームは、金銭面ではかなり優秀な趣味

FIRE的な話も一応しておきます笑。

ゲームは、趣味として見ると金銭面のコスパはかなり良いと思います。

最近は昔ほどソフトを買わないので、月に数本買うかどうかです。

インディーゲームならかなり安く買えるものもありますし、大作でも、ロードスターのような趣味と比較すると桁が違います笑。

何十時間、何百時間と遊べるゲームもあります。

ただし、

時間を吸う力はめちゃくちゃ強い。

ここは注意が必要です笑。

お金のコスパは良くても、人生の時間という意味ではものすごく高価な趣味になり得ます。

浪人1年目の僕が証明しています笑。

結局、お金でもゲームでも、

「自分が納得して使えているか」

が大事なのでしょうね。

最近は、またメタルギアをやっています

最近買ったのは、『スプラトゥーン レイダース』と『METAL GEAR SOLID: MASTER COLLECTION Vol.2』です。

レイダースはラスト近くまで遊びました。

面白かったのですが、少し同じことの繰り返しを感じて、現在はやや休憩中です笑。

そして今は、『PEACE WALKER』を遊んでいます。

大学時代にかなりプレイした作品なので、懐かしいです。

ただし、目新しさはありません。

なので、

そろそろ飽きる予兆があります笑。

弟も買ったそうなので、休みの日に協力プレイできたらいいなと思っています。

その日まで僕の熱が残っているかは分かりません笑。

娘がゲームをやりたがったら、たぶん止めません

最後に。

娘がもう少し大きくなって、ゲームをやりたいと言ったら、

基本的にはやらせると思います。

というより、自分がこんなにゲームを楽しんできたのに、

「ゲームは禁止です」

とは、とても言えません笑。

あれだけコードを隠され。

ソフトを知人宅へ避難させられ。

それでも隠れてゲームをしていた人間が、同じことを次の世代にするのも変な話です。

もちろん、無制限でいいとは思いません。

睡眠や勉強、外遊び、家族との時間とのバランスは考えたいです。

その加減は、実際その時期にならないと分からないと思います。

むしろ今のところ、ゲーム以上に心配なのはSNSです笑。

30年後くらいに、

「お父さんこそ、ずっとゲームやってたやん」

と言われる未来はかなり想像できます。

そのときは、

「そうやな。でも、お父さんのスーパーファミコンは、おばあちゃんに没収されて今も行方不明やねん」

と教えてあげようと思います。

それではまた。

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