「自分の時間」に、なぜこんなに罪悪感を覚えるのか― 育児と趣味のあいだで、まだ答えが出ていない話

育児×ライフデザイン

「自分の時間」に、なぜこんなに罪悪感を覚えるのか

先に言っておくと、この記事に明確な解決策は書けません笑。

本業をしながら、育児をしながら、ブログやX、読書、サウナ、ロードスター、カメラ、ワークアウトといった自分の時間をどう扱っていくか。

同じような立場の人はたくさんいると思うのですが、僕自身、いまだに答えが出ていません。

今回は、そのモヤモヤをそのまま書いてみようと思います。

きれいにまとまっていないかもしれませんが、ご容赦ください笑。

死守しているものと、諦めかけているもの

子どもが生まれてから、自分の時間の使い方はかなり変わりました。

その中で、なんとか死守しているのがワークアウトです。

できれば毎日やりたいと思っていますが、現実的には週の半分以上を目標にしています。

1回19分程度です。

時間だけ見ればそこまで長くありません。
ただ、この「まとまった19分」を確保するのが、意外と難しいんですよね笑。

ワークアウトをしようとすると、

「子どもをあやさなくていいのか」
「家事をやらなくていいのか」

という義務感や焦燥感に襲われます笑。

それでも、自分の健康に直結する大事なものなので、ここはなるべく譲らないようにしています。

最近は、子どもの横でワークアウトをすると、子どもがとても喜んでくれます。

こちらとしては運動しながら、同時にあやすことも達成できているので、これはなかなか良い発見でした笑。

散歩も、できるだけ続けたい

散歩もなるべく続けるようにしています。

きっかけは、『歩く マジで人生が変わる習慣』という本を読んだことです。

タイトルだけ見ると少し俗っぽい印象もありますが、実際にはとても良い本でした笑。

歩くことが、健康面にも精神面にもどれだけ大事か。
ストレスの多い生活の中で、リズムを整えることにどれだけ役立つか。

そういうことが書かれていて、かなり納得感がありました。

今の生活では、散歩に行けるタイミングは基本的に朝です。

ただ、朝は睡眠も大事です。
疲れているときは、散歩より睡眠を優先してしまうことも多いです笑。

休日は、僕と妻の朝ごはん用に、できたてのパンを買いに行くついでに一人で歩くことがあります。

妻とベビーカーで散歩することもあります。
それはそれで、夫婦で話しながら歩けるのでとても良い時間です。

一方で、一人で歩く散歩には、自分のリズムを自分で決められる良さがあります。

どちらも大事な時間だと思っています。

読書は、かなり優先順位が下がっています

一方で、明らかに削られてしまったものもあります。

まず読書です。

正直、モチベーションがかなり下がっています笑。

読みたい本は何冊も買っています。
熱が冷める前に読みたい気持ちもあります。

ただ、今は本を読むよりも、もっと原始的な欲求が強い気がします。

休みたい。
リラックスしたい。
早く寝たい。

そんな感じです笑。

本を開いても、子どもから完全に注意をそらせない感覚があります。
泣かないかな、何か起きないかな、という意識がどこかに残っていて、落ち着いて読めないのかもしれません。

もちろん、読める人は読めると思います。

ただ今の僕にとっては、読書の優先順位はどうしても落ちています。

サウナは、出産後に一度だけ

サウナは、出産後に一度だけ行きました笑。

妻が友人を自宅に招くということで、僕は席を外すことになりました。
そのタイミングで、ロードスターに乗って、なにわ健康ランドへ一人で行きました。

久しぶりのサウナは気持ちよかったです。

ただ、やっぱり頻繁には行けていません。

行きたい気持ちはあります。
1〜2時間くらいでサクッと行ってくればいいのかもしれません。

でも、罪悪感が上回ります。

「妻を置いて、自分だけ好きなことをしている」

という感覚が、どうしても拭えません。

もちろん、妻がそれを責めているわけではありません。
むしろ、行ってきていいよと言ってくれることもあります。

それでも、自分の中で勝手に後ろめたさが出てきます。

加えて、サウナに入った日の夜は、体力を消耗するのか少し寝つきが悪いことがあります。

最近は疲れ気味なので、そう考えるとサウナ自体が選択肢に上がりづらくなっています。

ロードスターも、ほとんど乗れていません

ロードスターも、サウナと似た理由であまり乗れていません。

自分だけ楽しむ、という感覚が難しいんですよね。

考え方や物事の捉え方の問題なのかもしれませんが、どうしてもそこに引っかかります。

加えて、僕はできれば奥さんと一緒に乗りたいという気持ちがあります笑。

一人より二人がいい。

でも今は子どもがいて、ロードスターには三人で一緒に乗れません。

この構造がなかなか難しいです笑。

最近は、バッテリーが上がらないかの方が心配なくらいです。

カメラも、なかなか手が伸びない

カメラも、新しい世界を開拓するために使いたい気持ちはあります。

ただ、これも今はなかなか難しいです。

カメラを持ってどこかへ行く。
写真を撮るために時間を使う。
撮った写真を見返す。

こういう行動は、時間的にも空間的にも少し拘束されます。

今の生活では、そういう趣味に手を出しづらいのが正直なところです。

一方で、最近ゲームを買いました。

落ち着いた時間帯に、少しだけ遊ぶのを密かな楽しみにしています笑。

すべてを諦めているわけではなく、今の生活に合う形を探している途中なのだと思います。

なぜブログだけは続いているのか

そんな中で、ブログは不思議と続いています。

理由はわりとはっきりしています。

中断と再開がしやすいからです。

記事を書いている途中で子どもが泣いたら、抱っこしたり、おむつを替えたりする。
落ち着いたら、また戻って続きを書く。

これができます。

時間にも場所にも比較的縛られないので、今の生活と相性が良いのだと思います。

内容の面でも、自分の気持ちを整えたり、思考をアウトプットしたりできるのが大きいです。

自分の影響の輪の中で、少しずつ積み上げられるものを作っている感覚があります。

それが達成感になっています。

最近は、AIに記事の題材のきっかけをもらいながら書いています。

0から1を出すのは、やっぱり大変です。

題材を出してもらい、それに対して自分の思いや体験を書く。
その後、文章を整えるところもAIに手伝ってもらう。

この流れがあるから、今でも続けられている気がします。

スラッグやSEOタイトルなども提案してもらえるので、文章の中身に集中しやすいのも助かっています笑。

Xは、まだ活用しきれていません

一方で、Xはまだ告知くらいしかできていません。

ブログとの連携としては最低限です笑。

もっと活用した方がいいのかもしれません。

ただ、SNSは消費者として近づきすぎると、ストレスが溜まりやすいです。

他人と比べてしまったり、強い言葉に疲れたり、必要以上に情報を浴びてしまったりします。

SNSとの距離感は、今も難しいと感じています。

ブログを書くことと、SNSで発信することは、似ているようで少し違います。

ブログは自分のペースで深く書ける。
Xは反応が近く、速い。

どちらが良い悪いではなく、今の自分にはブログの方が合っているのかもしれません。

罪悪感の正体を考えてみる

ここまで何度も「罪悪感」という言葉を使ってきました。

自分の時間を取ろうとすると、まずこれに襲われます。

なぜだろうと考えてみると、たぶん「自分がどれくらいのタスクをこなすべきか」の正解がわからないからだと思います。

これは仕事でも感じることです。

同じ仕事を、別々の人間が全く同じようにこなすことは難しいです。
人にはそれぞれ得意なこと、不得意なことがあります。

一方で、全体の仕事量はあります。

その中で、各自が妥当な量を担う必要があります。

では、その「妥当な量」はどのくらいなのか。

これは本当に難しいです。

育児でも同じだと思います。

どれくらい抱っこするべきなのか。
どれくらいあやす時間を増やすべきなのか。
絵本は何冊読むべきなのか。
家事はどこまで分担するべきなのか。

しかも育児のタスクは、簡単には数値化できません。

「これで半分」
「ここまでやれば十分」

と計算できるものではありません。

だから、どこまでやれば十分なのかがわからない。

この“わからなさ”が、罪悪感の正体なのかもしれません。

育児はチームプレイだけれど、自分も倒れないようにしたい

なるべく家事も負担して、育児もしているつもりです。

ただ、疲労はあります。

育児はチームプレイなので、妻の体調や精神状態を気にしながら、自分にできることをやっていきたいと思っています。

一方で、自分も体力的にも精神的にも倒れないように調整する必要があります。

妻が倒れないようにする。
自分も倒れないようにする。
子どもにとって良い環境を作る。

この綱引きを、日々手探りでやっている感じです。

正解が見えない中で、毎日その都度判断している。

それが疲れる理由のひとつなのかもしれません。

一番しんどいのは、「こうあるべき」という声

たぶん自分が一番悩んでいるのは、ここです。

「もっと育児をすべき」
「育児から逃げるべきではない」
「育児は楽しいんだから大丈夫でしょ」

そういう周囲の声。

あるいは、実際には誰にも言われていないのに、自分の中で勝手に立ち上がってくる“べき”という縛り。

これにずっと悩まされています。

もちろん、育児は大切です。
子どもを大切にしたい気持ちもあります。

ただ、それと同時に、自分にも疲労があります。

しんどいと感じるタイミングもあります。

そのことを認めるだけでも、少し勇気がいる気がします。

「もう少し気軽に考えてもいいのかもしれない」

とは思います。

でも、その“気軽に考える”こと自体が、なんだか逃げのように感じてしまって、なかなかできません。

この堂々巡りが、今の正直なところです笑。

それでも、救われていること

暗い話が続いてしまいましたが、救われていることもあります。

幸い、妻との関係は良いです。

しんどいときに「しんどい」と言える。
妻の方から「今日は早く寝ていいよ」と気兼ねなく勧めてくれる。

本当にありがたい限りです。

それでも罪悪感は感じてしまうのですが笑。

偉そうなことは何も言えません。

ただ、ひとつだけ思うのは、「相談できる逃げ道を作っておくこと」は大事なのではないか、ということです。

うちの場合は、妻にも友人と適宜遊んでもらうようにしています。

その点は少し安心しています。

育児に没頭するあまり、夫婦のどちらかが社会とのつながりを失ってしまうのは、それはそれで問題になりやすい気がします。

家庭の中だけで完結しすぎないこと。
しんどいときに、しんどいと言えること。
お互いに少し外へ出られる余地を残しておくこと。

そういう逃げ道は、かなり大事なのかもしれません。

夜に趣味を楽しむ元気は、今はありません

夜、寝かしつけが終わってから趣味を楽しむ、という話もよく聞きます。

すごいなと思います。

ただ、今の僕には正直その元気はありません笑。

一刻も早く寝たいです。

最近は10時台にはベッドに入っています。

映画を見たり、ゲームをしたり、本を読んだりするよりも、まず寝たい。

今はそういう時期なのだと思います。

また余裕が出てきたら変わるかもしれません。

今は、今の体力に合わせてやっていくしかないのかなと思っています。

全部はできない。でも、選び直すことはできる

結局、今のところの結論は、「その都度、優先順位を組み替えていくしかない」ということです。

全部はできません。

仕事も、育児も、家事も、ブログも、Xも、読書も、サウナも、ロードスターも、カメラも、ワークアウトも。

全部を同時に高いレベルで回すのは無理です。

ただ、その時々で何を残すか、何を一時的に手放すかは考えられます。

今の自分にとっては、ワークアウトと散歩とブログは比較的残しやすい。
読書やサウナやロードスターやカメラは、少し優先順位が下がっている。

それは、好きではなくなったというより、今の生活に合わせているだけなのかもしれません。

自分で選べることは、たぶん幸せです。

逆に、必要に迫られる選択ばかりが続くと、人は疲れてしまう。

FIREがどうこうというより、これは「どう生きれば幸せか」という、もっと手前の問いなのかもしれません。

答えは、まだ出ていません

答えは、まだ出ていません。

自分の時間を取ることに、今も罪悪感があります。
趣味を楽しみたい気持ちもあります。
家族を大切にしたい気持ちもあります。
早く寝たい気持ちもあります笑。

全部、本音です。

たぶん、きれいに一つの答えにまとめられるものではないのだと思います。

同じように、本業と育児のあいだで何かを諦めかけている人がいるかもしれません。

解決策は渡せません。

でも、「あなただけではないですよ」という感覚くらいは、一緒に持てたら嬉しいです。

僕自身も、まだ模索中です。

その時々で優先順位を組み替えながら、家族も、自分の健康も、自分らしさも、できる範囲で大切にしていければと思っています。

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