帯に釣られて買いました ―『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』書評
書店の棚に、いかにも「人気です」という顔で置かれている本がありました。
帯には、
- 20年以上読みつがれている
- 世界中で翻訳されている
- 何度読んでもハッとする
- 500万部のベストセラー
といった、なかなか強い言葉が並んでいました。
……買いました。
我ながら、つくづく日本人だなと思います笑。
ただ、これを悲観しているわけではありません。
本や情報との出会いは、きっかけも大事だと思っています。理由はともかく、良い本に出会えればそれでいい。
人気があるということは、それだけ多くの人に選ばれてきた理由がある可能性も高いので、ある意味では合理的な選び方なのかもしれません。
……とはいえ、「帯に釣られました」と言語化すると、なかなかカッコ悪いですね笑。
というわけで、読んでよかった本を紹介するシリーズ第2弾です。
前回取り上げた『DIE WITH ZERO』とは、実はかなり近いところを扱っている本でした。
どんな本なのか
『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』は、ジョン・ストレルキー著、鹿田昌美さん訳、ダイヤモンド社から2025年11月に刊行された本です。
出版社によると、著者は世界を旅した後、33歳で本書を出版。日本版の紹介では累計500万部以上、9年連続でヨーロッパの年間ベストセラーとされています。著者公式サイトでは現在600万部超、45言語超とされています。
物語形式の本です。
人生に少し行き詰まっている主人公が、休暇の途中で道に迷い、一軒のカフェにたどり着きます。
そこで渡されたメニューには、食事とは関係のない3つの質問が書かれています。
あなたはなぜここにいるのか?
あなたは死を恐れるか?
あなたは満たされているか?
この3つは、著者公式サイトでも本書を象徴する問いとして紹介されています。
物語は、カフェにいる人たちとの一晩の会話を中心に進みます。
中心にあるのは「存在理由」
本書で繰り返し扱われるのが、存在理由という考え方です。
自分が何のためにここにいるのか。
それがわかれば、その存在理由を満たす方向へ時間やエネルギーを使えばいい。
逆に、自分にとって大切ではないことへ時間やエネルギーを使い続けていると、本当にやりたいことが現れたときに、そこへ向ける余力が残っていない。
そういう問いが、いくつかの寓話を通して繰り返されます。
目次にも「存在理由」「ウミガメの話」「実業家と漁師の話」「広告からのメッセージ」といった章が並んでいます。
あらすじは、このくらいにしておこうと思います。
この本は答えを教えてくれる本ではなく、考えさせる本です。
中身を全部説明してしまうと、読者が自分で考える機会そのものを奪ってしまう気がします。
なので、ここからは本の説明というより、読んだ僕が何を考えたかを書いてみます。
読んだのは、娘が寝たあとの時間でした
育児が始まってから、読書はかなり削られました。
以前の記事でも、「読みたい本はあるけれど、今はもっと原始的に休みたい笑」と書きました。
ただ最近は、娘の睡眠リズムが少しずつ決まってきて、20時ごろに眠ることが増えています。
そうすると、その後の時間が比較的自由になります。
この本自体、そこまで重くなく、物語形式で読みやすかったので、その時間を使って読み切ることができました。
「読書時間がほぼなくなった新米パパでも読めた」
というのは、それ自体この本の良さかもしれません笑。
正直な感想――かなり抽象的です
読み終えて、まず感じたことがあります。
かなり抽象的だな。
ということです笑。
主人公は3つの問いについて考え、少しずつ納得していきます。
ただ、「あなたの人生では具体的にこうしなさい」という答えは出てきません。
最初は少し物足りなくも感じました。
一方で、物語形式であることも含めて、この抽象さが逆にリアルなのかもしれないとも思いました。
具体的な答えを書かれてしまうと、それは著者や主人公の答えであって、読者自身の答えではありませんから。
『DIE WITH ZERO』とは具体性が真逆でした
前回書評を書いた『DIE WITH ZERO』と比較すると、とても面白いです。
『DIE WITH ZERO』は、
- タイムバケットを作る
- 若いうちにしかできない経験を先送りしない
- 資産を増やすだけでなく、使う時期を考える
など、「人生をどう設計するか」に比較的具体的な考え方を提示してくれます。
もちろん、何をしたいか自体は人によって違いますが、方法論はかなり具体的です。
一方、『世界の果てのカフェ』は違います。
何をしたら幸せなのか。
そして、
今していることは、本当に自分の幸せにつながっているのか。
ほぼひたすら、それを問いかけてくる本です。
前者が「どう生きるかの設計図」だとすれば、こちらはその一歩手前にある、
「そもそも、どこへ行きたいの?」
という問いなのかもしれません。
「なぜここにいるのか?」を、自分なりに置き換えてみる
正直、
「あなたはなぜここにいるのか?」
と突然聞かれても、抽象的すぎて考えにくいです笑。
なので、僕は自分なりに少し置き換えました。
今の人生、特に仕事に対して、本当に納得しているのか。
です。
自分が納得していないことへ、小さなことも含めて時間やエネルギーを使い続けていると、本当にやりたいことに回す余力が減っていく。
逆に、自分が納得していることや楽しいと思えることへ力を使える方が、自分にとって良い人生になる。
本のニュアンスとは少し違うかもしれません。
でも、自分の生活に当てはめるには、このくらい具体的にした方が考えやすかったです。
まず、「今の自分が避けにくいこと」を整理してみた
自分はどうなのか。
それを考えるために、現時点で人生の中で「やる必要があること」を書き出してみました。
大きく2つでした。
- 生活するために必要なお金を稼ぐこと
- 一人では生きていけない子どもの世話をすること
妻は自立した人なので、「妻の世話をしている」という感覚はありません。
今は産後で仕事をしておらず、家計のお金は僕が出している形ではありますが、基本的には対等なパートナーという感覚です。
子どもの世話は、もちろんしんどいことがあります。
ただ、成長を見るのは楽しみですし、「この役割自体をなくしたい」と思っているわけではありません。
ここで整理したかったのは、育児が嫌だということではなく、人生の中で避けにくい責任は何なのかということです。
念のため笑。
もうひとつは、お金を稼ぐことです。
現時点では、完全に働かなくても生活できるほどのFIには到達していないので、働く必要があります笑。
問題は、
では、どこまで稼ぐ必要があるのか?
ということです。
家を建てるのか。
子どもの教育にどこまでお金をかけるのか。
どのくらいの生活費を想定するのか。
このあたりで必要な金額は大きく変わります。
そして、まさにそこがまだ未知です。
以前、子どもが生まれた後にFIRE計画を点検してみたところ、「まだ決められない項目がたくさんある」という結論になりました笑。
自由に生きたいと思うのであれば、自分がどのくらいのお金を必要としているのか。
この解像度を上げていく必要があるのだと、改めて感じました。
「あなたは満たされているか?」への正直な答え
そして、一番考えさせられた質問です。
あなたは満たされているか?
僕の答えは、
完全には満たされていない気がする。
でした。
特に、今の働き方については、少し行き詰まり感があります。
仕事の喜びとは何なのか。
何をもって「役に立った」と感じるのか。
自分はどんな環境なら納得して働けるのか。
まだうまく言語化できていません。
以前、内視鏡の仕事のやりがいについて書きました。
病変を見つけたときの手応え。
患者さんから「楽でした」と言ってもらえる嬉しさ。
あれは今でも変わりません。
一方で、大きな病院で勤務していた頃は、重症の患者さんを診ることも多く、自分が介入したことによる変化を感じやすい環境でした。
クリニックでは、そうした場面は当然少なくなります。
そのため、今の環境では、自分が医師としてどう貢献しているのかを実感しづらいと感じることがあります。
「大層な存在理由なんてない笑」
というのが正直なところなのですが、その存在理由が見えづらくなっている。
それが、今感じている行き詰まりの一部なのかもしれません。
それでも環境を変えるのは怖い
では、環境を変えればいいのか。
そんなに簡単でもありません笑。
これには「現状維持バイアス」のようなものも関係しているのかなと思います。
人は、今ある状態を基準にすると、変化する選択肢より現状維持を選びやすくなる傾向があるとされています。
僕自身の中にも、それらしい感覚があります。
今まで積み上げてきたものを捨てるような気がする。
環境を変えて、本当に今より幸せになれるのか。
今の環境に適応できないのは、自分の甘えなのではないか。
そんなことを考えます。
また、今の職場でつながった縁を大切にしたいという気持ちもあります。
何も「今すぐ辞めるか、このまま一生続けるか」の二択で考える必要はないのかもしれません。
働く量を少し変える。
仕事内容との距離感を変える。
別の場所での仕事を少し増やす。
中間の選択肢はいくつもあるはずです。
このあたりは今まさに考えている途中です。
……書評のはずが、完全に自分の仕事の話になってきました笑。
でも、たぶん、この本はそういう読まれ方をする本なのだと思います。
「あなたは死を恐れるか?」
次の質問です。
恐れています笑。
まだやりたいことがあるので、今は死にたくありません。
この問いは単純に死への恐怖を聞いているだけではない、と僕は受け取りました。
やりたいことを日々実行できているか。
後回しにしていないか。
今の日々を満足して生きているか。
世間の期待や他人の基準に、自分の時間やエネルギーを奪われていないか。
そういうことを聞かれているのだと思います。
その意味では、後回しにしていることはあるものの、概ねやりたいことはできている気もします。
以前書いた、家族で客船に何泊かする船旅もやってみたいです。
ただ、それは今すぐではなくても良さそうです笑。
一方、仕事については、医療という枠組み、保険診療という枠組み、雇われて働くという枠組みがあります。
自分だけでは決められないことも多いです。
その意味では、完全に自分の支配下にあるとは言えません。
日々は概ね満足している。
……と、思っています。
願っています?笑。
この微妙な言い方が、今の状態を一番正確に表している気がします。
漁師と実業家の話は、FIREを考える人の急所
本書には、漁師と実業家の有名な寓話が登場します。出版社の目次にも「実業家と漁師の話」という章があります。
この話で問われているのは、
なぜ働くのか。
そして、
どれだけ稼ぐ必要があるのか。
だと思います。
仕事そのものが人生の目標なのであれば、たくさん働くことにも意味があります。
ただ、生きるためのお金を得ることが主な目的なのであれば、必要以上に稼ぎ続ける必要はない。
この考え方は『DIE WITH ZERO』ともかなりつながります。
同時に、
「では将来、何をしたいのか」
「どういう毎日を送りたいのか」
も問われます。
こちらについては、僕もまだ模索中です。
ただ、散歩とゲームの時間は大事にしたいです笑。
FIREについては以前、
REよりFI。仕事を完全に辞めることより、選択肢を増やしたい。
というところに一度着地しました。
この本を読んで、その答え自体が揺らいだわけではありません。
むしろ、
「自分はいったい、どこまで稼ぐ必要があるんだろう?」
という部分の解像度が、まだ低いことを突きつけられた気がしました。
「前から迫ってくる波」は何だろう
本書には、ウミガメを使った寓話も登場します。目次でも「ウミガメの話」として扱われています。
自分を進みたい方向へ押してくれるもの。
反対に、自分のエネルギーだけを奪っていくもの。
では、自分にとって「前から迫ってくる波」は何だろうと考えてみました。
書類仕事については、今はそこまで困っていません。
以前作ったAIツールが診察の効率化にかなり役立っていることは、ありがたいと思っています。
医療という文脈で挙げるとすれば、日本の医療制度でしょうか。
もちろん、すべてが悪いわけではありません。
ただ、制度の中で医療をする以上、個人では変えにくい制約があることは確かです。
この話も掘り下げると長くなりそうなので、また別の記事で書こうと思います笑。
帯に釣られたけれど、それでよかった
普段、本を選ぶときは、
「どうすれば幸せに生きられるのか」
につながるものを選ぶことが多い気がします。
ほかには経済の本や、日常生活の中で気になったものです。
最近は、ドラマに出てきた宮沢賢治の言葉が気になって、宮沢賢治関連の本を買いました。
そう考えると、帯に釣られて買った今回の本も、結局はいつもの守備範囲でした笑。
きっかけは何でもいいのだと思います。
有名だから。
帯が派手だったから。
友人がおすすめしていたから。
本屋でなんとなく目についたから。
入口がカッコよくなくても、そこから良い本に出会えたのであれば問題ありません。
この本の書評に、結論は書きません
この本は、かなり抽象的です。
具体的な行動方法を知りたい人には、少し物足りないかもしれません。
一方で、
仕事や人生に少し行き詰まりを感じている人。
日々忙しいけれど、「これでいいんだろうか」と感じることがある人。
何となくストレスが溜まっているけれど、その理由をうまく説明できない人。
そういう人には、一度読んでみてもいい本だと思います。
現に僕は、書評を書くつもりだったのに、気づいたら自分の仕事や生き方についてかなり書いています笑。
そして、この記事に明確な結論は書きません。
考えることを促す本について、書評の側が「答えはこれです」とまとめてしまうのは、少し違う気がします。
人によって大切なものは違います。
持っている時間も、お金も、健康も、人間関係も違います。
だから、選ぶ答えが違う。
その違い自体が大切なのだと思います。
この本は、答えではなく問いを渡してきます。
それに倣って、僕も自分の答えを途中まで置いて、最後は問いだけ残そうと思います。
あなたはなぜここにいるのか。
あなたは死を恐れるか。
あなたは満たされているか。
それではまた。
