以前、家を建てるかどうかについて書いた記事で、こんなことを書きました。
「通勤時間は短いほうが幸福につながる、と僕が勝手に思っている」
(→「持ち家は負債」と言われる理由は分かります。それでも一戸建てが欲しい。)
勝手に思っている、と書いたのは、その時点では根拠を持っていなかったからです。
今回、せっかくなので調べてみました。
結論から言うと、
だいたい合っていたのですが、そんなに単純でもありませんでした。
そして自分の人生まで振り返ってみると、もっと単純ではありませんでした笑。
「通勤のパラドックス」という研究があります
通勤と幸福度について調べた代表的な研究に、StutzerとFreyが2008年に発表した「Stress that Doesn’t Pay: The Commuting Paradox」という論文があります。
日本語にすると、「割に合わない通勤のストレス」みたいな感じでしょうか。
経済学的に考えると、長い通勤には何か見返りがあるはずです。
職場から離れる代わりに広くて安い家に住める。
あるいは、遠くまで通勤する代わりに給料や仕事内容の良い職場を選べる。
それなら、多少通勤が大変でもトータルでは釣り合うはずです。
ところが、ドイツで同じ人を長期間追跡したデータを分析すると、そうなっていませんでした。
通勤時間が長くなるほど、生活満足度は低くなっていました。
さらに、長く通勤している人の住まいへの満足度が高くなっているわけでもなく、仕事への満足度はむしろ低いという結果でした。
つまり、
割に合っていないのに、人は長い通勤を選んでいる。
これが「通勤のパラドックス」です。
別の研究でも、一日の活動を振り返ってそのときの気分を評価してもらうと、通勤は楽しくない活動の一つに入っていました。
……まあ、満員電車の朝8時を想像すると、あまり意外ではありません笑。
ただ、「通勤は短いほど幸せ」と言い切れるわけでもない
ここは面白いところです。
その後の研究を見ていくと、
長い通勤=生活満足度が低い
という結果ばかりではありません。
同じドイツの別の年代を調べた研究では、通勤と総合的な生活満足度との明確な関連は見つかりませんでした。
イギリスのパネルデータを使った研究でも、長い通勤が一般的に幸福度を下げるという結果にはなっていません。
一方で、家族との時間や余暇への満足度など、生活の一部分にはマイナスの影響が見つかっています。
移動手段によっても違いそうです。
徒歩や自転車での通勤は、車通勤などよりも心理的な満足度が高いという研究もあります。
なので、
「通勤時間を1分でも短くすれば幸福になる」
というほど簡単ではなさそうです。
このあたりは、僕が調べる前に想像していたよりずっと複雑でした。
日本では、どれくらい移動しているのか
参考までに日本のデータも見てみました。
総務省の2021年社会生活基本調査によると、平日に通勤・通学した人の移動時間は、全国平均で往復1時間19分でした。
都道府県別では、
神奈川県が1時間40分。
千葉県と東京都が1時間35分。
埼玉県が1時間34分。
その後に奈良、大阪、兵庫、京都と続きます。
首都圏だけではなく、近畿もなかなか長いです。
ちなみに一番短い山形県と宮崎県でも56分でした。
この79分を、仮に年間245日繰り返すとすると、約323時間です。
8時間で割れば、約40日分。
もちろんこれは通勤だけではなく通学も含んだ統計ですし、年間245日というのも単純な仮定です。
それでも、
毎日の移動時間が積み重なると、かなりの時間になる
というイメージはつきます。
ところで、僕は長い通勤をしたことがありません
さて、ここまで研究の話をしましたが、自分の話に戻ります。
改めて振り返ってみて気づいたのですが、
僕は社会人になってから、長い通勤をしたことが一度もありません。
急性期病院には8年間勤めましたが、ずっと職場の近くに住んでいました。
途中で一度引っ越していますが、引っ越し距離は100mくらいです笑。
どちらの家からも、自転車で5分程度。
歩いても10分ちょっとでした。
今の職場も、家から1kmくらいです。
自転車ならスムーズに行けば5分。
雨の日に歩いても15分くらい。
結果的に、僕はずっと「通勤は短い方がいい」という選択をしてきたことになります。
職場が近いのは、やっぱり楽でした
メリットは非常に分かりやすいです。
ギリギリまで寝られる。
忘れ物をしても取りに帰れる。
仕事が終われば、すぐ家に帰れる。
急性期病院にいた頃は、オンコールや緊急内視鏡で呼ばれても、すぐ病院へ行けました。
スタッフ1年目の頃は、若い先生から結構呼ばれていました笑。
通勤時間が短いから幸福だったのか、と言われると比較対象がないので分かりません。
ただ、
仕事そのものがかなり大変だった時期に、通勤まで大変ではなかった
というのは、かなり大きかったと思います。
一度だけ40分かけて通勤したら、一仕事終えた気分になりました
病院時代、都合があって実家に泊まり、翌朝そこから車で出勤したことが何度かあります。
渋滞込みで40分くらいでした。
たった数回ですが、印象には残っています。
職場に着いた時点で、一仕事終えた気分になっていました笑。
僕は運転自体は好きです。
ロードスターにも乗っています。
でも、好きな道をロードスターで走るのと、朝の渋滞の中を職場に向かって走るのは全然違いました笑。
今はむしろ早起きして散歩するようにしています。
どうせ40分早く起きるのであれば、渋滞の中で車に座っているより、散歩に使いたいです。
子どもが生まれてから「自分の時間」について考えるようになったことも、以前書きました。
……もっとも急性期病院にいた頃は、朝から散歩しようなんて発想自体ありませんでしたが笑。
「職場が近いと呼び出される」は、デメリットだったのか
短い通勤のデメリットも考えてみました。
一番分かりやすいのは、
病院に近いから呼び出されやすい。
これは確かにありました。
ただ、不思議なことに、僕はそれをあまり嫌だと思っていませんでした。
頼ってもらえている感じがありました。
緊急内視鏡に呼ばれれば経験も増えます。
後輩の先生から、
「ちょっと来てもらえませんか」
と言ってもらえるのも、嬉しかったです。
もちろん「疲れたなあ」とは言っていましたが笑、その後輩と仕事が終わってから食事に行ったりもしました。
今振り返ると、
ああいう人とのつながりは、かなり大きな財産だった
と思います。
そしてこれは、もう通勤の話ではない気もするのですが笑。
病院には「誰かがいる」という感覚がありました
急性期病院はしんどい場所でした。
特に救急外来は笑。
でも、自分が働いていない時間にも誰かが頑張っています。
病院に行けば、たいてい知っている人がいました。
若い先生が発表の準備をしていたり、上司が仕事をしていたり、後輩が当直していたり。
病院へ行って、
「一人だな」
と思った記憶がほとんどありません。
むしろ、
今日は誰に会うかな
くらいの感覚がありました。
今だからそう思えるだけかもしれませんが笑。
第二の家というと少し大げさですが、自分がどこかに所属している安心感はあったと思います。
上司も後輩も好きでしたし、同じ方向を向いて走っている感覚もありました。
今の職場も好きです。
そして今の方が自由度は高いですし、子どもとの時間も確保しやすく、本当にありがたい環境です。
一方で、一体感という意味では、病院の方が強かった気がします。
良くも悪くも今は個人戦の要素が大きい。
この感覚は、前回書いた「共同体感覚」の話にもつながっています。
(→「誰のための、何のための医療なのか ― 都市型クリニックで働いて考えていること」)
でも、「近ければ近いほどいい」わけでもなさそうです
ここまでなら、
「やっぱり通勤は短い方がいいですね」
で終わります。
でも、自分の人生をもう少し遡ってみると、そうでもありませんでした。
僕の人生で最も長かった日常的な移動は、仕事ではなく中学・高校の通学です。
バスで40分。
電車で30〜40分。
さらに歩いて15〜20分。
片道1時間半くらいかかっていました。
遠いですね笑。
でも、この時間が不幸だったかというと、そうでもありません。
なぜなら、
電車の中はゲームの時間だったからです。
家では親の目があってゲームをしにくかったので、電車の中がかなり大事なゲーム時間でした。
以前書いたゲーム遍歴の記事にも、その頃の話が出てきます。
(→スーパーファミコンは母に没収され、今も行方不明です ― 30年ぶんのゲーム遍歴)
しかも途中にはゲームショップ、ゲームセンター、アニメイトまでありました。
ほぼ毎日何かしら寄り道していました笑。
もし家が学校のすぐ近くだったら、この時間はなかったのかもしれません。
予備校まで5分だったのに、僕は勉強しませんでした
さらに極端な例があります。
僕は医学部に入るまでに二浪しています。
一浪目は、予備校の近くに下宿していました。
自転車で5分くらいです。
理想的な通学環境です。
ところが、
この年、僕はほとんど勉強していません笑。
初めての一人暮らしだったので、掃除、洗濯、食事、買い物を全部自分でやらなければいけませんでした。
今考えると、一人暮らしそのものの管理コストも結構大きかったと思います。
そのうえ、予備校で5浪の「長老」と仲良くなって遊んでしまいました笑。
結果、一浪目は国立も私立も全滅でした。
二浪目は実家から通うことにしました。
予備校まで約1時間。
通学時間は一気に増えています。
でも、こちらの方が明らかに生活のリズムが整っていました。
睡眠も安定しましたし、予備校で夜まで勉強してから家に帰るという生活ができました。
成績も順調に上がり、最終的に国公立医学部へ合格しました。
通学時間は長くなったのに、結果は完全に逆でした。
もちろん、
「1時間通学したから医学部に合格できた」
という話ではありません笑。
これは通学時間というより、自己管理の話です。
ただ、
自由な時間を増やせば、自動的に人生が良くなるわけではない。
これは身をもって学んでいます。
僕の場合、自由すぎると遊んでしまうようです笑。
それで、家を建てるならどうするのか
さて、最初の話に戻ります。
一戸建てを考えるとき、
「通勤は短くしたい」
と、
「希望する家を建てたい」
は、そのうち衝突するかもしれません。
今のところ、僕の答えは結構はっきりしています。
家を建てるとしても、職場の近くを優先したいです。
もちろん最大の問題は、
その職場にずっといる保証がまったくないことですが笑。
転職したら前提が全部崩れます。
難しいですね。
それでも、今回この記事を書きながら改めて考えてみると、
家選びの条件の中で、通勤時間の優先順位はかなり高そうです。
僕の場合、片道1時間以上はおそらくなしです。
もちろん、空いている電車で座れて、乗り換えもなく、本数も多く、静かで快適なら1時間でもいいのかもしれません。
でも、
「人が少ないのに本数が多くて、しかも快適」
という路線がどれくらいあるのかは怪しいです笑。
特急などにお金を払うという手もあります。
それでも毎日となると、僕には結構重そうです。
おまけ:10年以上使っている通勤自転車
最後に完全な余談です。
僕が今通勤に使っているのは、10年以上前に買ったロードバイクです。
メンテナンスしながら乗っているので、まだ普通に走れます。
ただ、さすがに色々なところが老いてきました笑。
変速メーターの樹脂パネルは割れました。
ハンドルも一度交換したのに、またベタついてきています。
人間より先に加水分解しています笑。
そして都会ならではなのかもしれませんが、職場には自転車を停めるスペースがありません。
近くの有料駐輪場を契約していて、月2,000円程度。
半年分をまとめて払うので、支払いのたびに1万円以上飛んでいきます。
自転車通勤なのに、無料ではありません笑。
それでも5分で職場に着けるなら、僕にとっては十分払う価値があるようです。
結局、短い通勤で浮いた時間を何に使うのか
「通勤は短い方が幸せ」
という僕の思い込みは、研究を見る限り、ある程度は支持されていました。
でも、絶対的な法則ではありません。
そして自分自身の人生を振り返ってみると、
近ければ近いほど良いわけでもありませんでした。
中高の1時間半の通学は、ゲームの時間でした。
予備校まで5分だった一浪目は、ほとんど勉強しませんでした笑。
結局、大事なのは移動時間そのものだけではなく、
その時間をどう過ごしているのか。
そして、
通勤が短くなって浮いた時間を、何に使っているのか。
なのかもしれません。
急性期病院にいた頃、僕は5分通勤で浮いた時間をひたすら睡眠に使っていました。
今は、その時間で散歩をしています。
同じ5分の通勤でも、そこで生まれた余白の使い方はずいぶん変わりました。
家を建てる場所を考えるときも、
「職場まで何分か」
という数字だけではなく、
そこで浮いた時間を、自分は何に使いたいのか。
そこまで考えた方がよさそうです。
……まあ、僕の場合はたぶん、散歩したりゲームしたりするんだと思いますが笑。
それではまた。
