同じ50平米なのに、住み心地が違いました ― 4つの部屋と、ずっと欲しかった追い焚き

育児×ライフデザイン

同じ50平米なのに、住み心地が違いました ― 4つの部屋と、ずっと欲しかった追い焚き

僕は長いこと、部屋の贅沢さを「追い焚きがついているかどうか」で測っていました笑

大学に入って最初に住んだ部屋の浴槽には、追い焚きがありませんでした。

不満はほとんどない部屋だったのですが、強いて言えばそこだけ。

それ以来、次の部屋を見るたびに「追い焚きはあるか」を確認するようになりました。

以前、「持ち家は負債」と言われる理由は分かります。それでも一戸建てが欲しい。という記事で、「同じ50平米でも、兵庫と大阪でまったく住み心地が違った」と書きました。

あのときは感覚で書いたのですが、今回あらためて両方の間取り図を並べてみたら、思っていたよりはっきりした差がありました。

そしてもう一つ分かったことがあります。

住み心地のよかった順番は、条件のよかった順番とは一致しませんでした。

1つ目の部屋:大学時代の1DK(35平米)

家賃は4万5千円で、父が払ってくれていました。

選び方は完全に受け身です。

母と一緒に入学手続きに行った日、校門の前で待ち構えていた不動産屋さんに声をかけられて、言われるがままに相談した気がします笑

何件紹介されたかも、もうまったく覚えていません。

贅沢ではないけれど大学から近くてちょうどいい、くらいの理由で決めたと思います。

DKが6畳、洋室が7畳。

収納もたくさんありました。

ダイニングテーブルと椅子、ソファベッド、敷布団、32型のテレビ、テレビ台、それから電子ピアノ。

これだけ置いても、まだ余裕がありました。

ソファベッドは寝床として買ってもらったのですが、寝心地が悪くて、途中から敷布団で寝るようになりました笑

テレビ台はニトリのお手頃なもので、実は今も使っています。

電子ピアノは、祖母の家で使われなくなっていたものです。

昔ピアノを習っていたので、また弾くかもしれないと思って引き取りました。

楽譜を買っただけで、ほぼ弾きませんでした笑

小学生でやめた初級者です。

デザイナーズマンションのような、かっこいい部屋に住んでいる友達もいました。

羨ましくはありましたが、そこまで強い気持ちにはなりませんでした。

同じハイツに先輩も住んでいて、自分の部屋は分相応だという感覚があったからだと思います。

何より、友達と過ごせた時間が長かったです。

大学生なので時間がたくさんあって、自由でした。

今振り返っても、住み心地はかなりよかったと思います。

強いて不満を挙げるなら、追い焚きがなかったことくらいです笑

2つ目の部屋:職場が借りてくれた8畳ワンルーム

働き始めて最初の部屋は、職場が借りてくれた部屋でした。

いわゆる借り上げ社宅です。

聞かれたのは世帯があるかどうかくらいで、あとはお任せでした。

初めての社会人で、自分で部屋を探して契約するのも不安でしたし、選ぶのも大変だろうと思ってお願いしました笑

職場専用のマンションがあるわけではなく、そのつど普通の賃貸物件を職場が借りる形だったようです。

僕以外に依頼した人がいなかったらしく、そのマンションに住んでいる職場の人間は僕一人でした笑

家賃の半額を、最大10万円まで職場が負担してくれるという太っ腹な制度でした。

僕の部屋は家賃6万円だったので、自己負担の3万円が給料から天引きされていました。

敷金や礼金、管理費も自分では払っていません。

同期には「たくさん補助してもらわないと損だ」と言って、もう少し高い部屋を借りている人もいました笑

大学時代の1DKから、今度は8畳一間のワンルームです。

しかも収納はほとんどありません。

引っ越し前にかなり物を処分しました。

ソファベッドも、ダイニングテーブルと椅子も、あの電子ピアノも手放しました。

それでも手狭でした笑

キッチンはIHが一口だけで、料理をする気もあまり起きませんでした。

断熱もよくなくて、冬は窓からの冷気がかなり入り、よく結露していました。

追い焚きは、やっぱりありませんでした。

条件だけ見れば、これまで住んだ中で一番よくない部屋だったと思います。

それでも、この部屋には職場の先輩や友人をよく呼んで遊んでいました。

今の妻と付き合い始めたのもこの頃で、この部屋でもよく一緒に過ごしました。

シングルベッドに二人で寝ていたというのは、今考えるとびっくりです。

なんとかなるもんですね笑

3つ目の部屋:兵庫の新築2LDK

ワンルームを出た理由を正直に書くと、欲です笑

もっと広い部屋に住みたかった。

断熱がよくない部屋はもう嫌だった。

追い焚きが欲しかった。

同期がもっといい部屋に住んでいるのが羨ましかった。

当時の彼女、今の妻と一緒に暮らすなら、余裕のある部屋がよかった。

そして、自分の生活の段階が一つ上がったことを実感したかったのだと思います。

全部です笑

新築の2LDKに決めました。

完成したのが4月だったので、引っ越しがちょうど繁忙期に重なりました。

移動距離は100メートルほどだったのに、引っ越し代は20万円以上かかりました笑

それでも、自分がランクアップしたような感覚があって、嬉しかったのを覚えています。

追い焚きも、ついに手に入りました。

4つ目の部屋:大阪の2LDK

兵庫の部屋から引っ越した理由は、シンプルに職場が変わったからです。

住宅へのこだわりとは関係ありません。

通勤時間について以前調べた記事でも書きましたが、僕は通勤時間をかなり重く見るようになっています。

そのため、職場が変われば住む場所も変える、というのは自分の中ではかなり自然な選択でした。

兵庫の部屋と同じく2LDKで、専有面積もほとんど同じです。

ところが、住んでみると明らかにこちらのほうが狭く感じました。

同じ50平米なのに、居室は2畳半ほど違いました

なぜこんなに違うのか。

今回、あらためて間取り図を出して数えてみました。

兵庫は、LDKが約12.4畳、洋室が約7.0畳と約5.0畳。

居室を合計すると24.4畳です。

大阪は、リビングダイニングが約8.6畳、キッチンが約2.9畳、洋室が約5.9畳と約4.4畳。

合計すると21.8畳です。

専有面積はほとんど同じなのに、居室を足すと2.6畳違いました。

物件は特定出来ない程度に、間取りはデフォルメしつつ簡略化して比べてみました。笑

数字だけでは分かりにくかったのですが、図にすると、今の部屋は廊下と柱の存在感がかなり大きいことが見えてきました。

しかも、どこか一部屋だけが小さいわけではありません。

リビングも、寝室も、もう一部屋も、全部が一回りずつ小さくなっています。

では、この2畳半ほどはどこへ行ったのか。

間取り図を見ていると、なんとなく理由が見えてきました。

廊下

兵庫の部屋は、玄関を入るとすぐにLDKにつながる間取りでした。

洗面所やお風呂にもLDK側から入るため、廊下と呼べる部分がほとんどありません。

今の部屋は玄関から廊下が伸び、その途中にトイレ、洗面所、お風呂、収納があります。

どちらも水回り自体は独立していますが、今の部屋ではそこへ行くための「通路」にも面積を使っています。

今の部屋では、太い柱が部屋の角にせり出しています。

間取り図でも、部屋の四隅がきれいな長方形になっていないところがあります。

兵庫の部屋にはこうした大きな出っ張りがほとんどなかったので、家具も置きやすかったです。

今の部屋では、実際に住んでいてもけっこう邪魔です笑

キッチン

兵庫ではキッチンがLDKの中にあり、かなり余裕がありました。

今のキッチンは2.9畳の区画に収まっていて、コンロも二口です。

しかも、その二口の間隔が狭い。

料理をすると、ちょっと窮屈です。

収納

収納の差もかなりあります。

兵庫では、妻の服がクローゼットに収まったうえで、ほかの物も収納に入れておけました。

今の部屋にもウォークインクローゼットはあるのですが、それでも明らかに足りません。

入りきらない物は、当然ながら部屋へ出てきます。

そもそも持っている物の量が適切なのか、という問題はいったん置いておきます笑

こうして見ると、単純な専有面積より、その面積が何に使われているかのほうが大事なのだと思います。

同じ50平米でも、廊下や柱に面積を使えば、そのぶん普段過ごす場所は小さくなります。

以前の記事で「面積ではなく余白なのかもしれない」と書いたのは、たぶんこういうことだったのだと思います。

ちなみに、今の部屋は兵庫の頃より、家賃と駐車場を合わせて月3万円ほど高くなりました。

年間なら36万円です。

狭くなって高くなったわけですが、職場が変わった以上は仕方がありません笑

職場が借りてくれる部屋は、気が楽でした

お金の話も少しだけ書いておきます。

借り上げ社宅で一番よかったのは、金額以上に、契約の当事者が自分ではなかったことでした。

家賃の自己負担分は給料から引かれていたので、「ここからさらに家賃を払う」という感覚もありませんでした。

心理的には、かなり身軽でした。

僕の感覚で住まいの「重さ」を並べるなら、

持ち家 > 自分で契約する賃貸 > 職場が借りてくれた部屋

です笑

では、制度としてどのくらい得だったのか。

これは、実は今もちゃんと分かっていません。

当時は「職場が負担している分は収入扱いになって、社会保険料も上がっていたのかな」くらいに思っていました。

今回あらためて調べてみると、借り上げ社宅は現金でもらう住宅手当とは同じ扱いではなく、税金や社会保険にはそれぞれ計算のルールがあります。

僕の場合に実際どう処理されていたのかは、当時の給与資料や社宅制度を確認しないと分かりません。

なので、ここは「半額補助だったから○万円得した」と単純には言えなさそうです。

少なくとも当時の僕にとっては、得かどうかを細かく計算することより、「住む場所について考えなくてもよかった」という気楽さのほうが大きかった気がします。

はっきり負担増を実感したのは、その後2LDKに引っ越して、さらに年次が上がって家賃補助も減ったときでした。

固定費が上がった感覚はかなり強くありました。

でも、住み心地の順位はこれで決まりませんでした

ここまで条件を並べてきました。

では、一番住み心地がよかった部屋はどこだったのか。

強いて一つ選ぶなら、兵庫の新築2LDKだと思います。

でも、あの部屋にも欠点はありました。

壁が薄くて、隣の部屋の声がよく聞こえました。

ロードスターを停めていた駐車場までも少し遠かったです。

エレベーターもなかったので、今のように子どもがいる生活だったら、かなり不便だったと思います。

結局、そのときのライフステージによって評価も変わります。

振り返ってみると、どの部屋にも不満はありました。

大学時代は、かっこいい部屋への憧れと、追い焚き。

ワンルームは、狭さと断熱と、コンロの数と、やっぱり追い焚き。

兵庫は、壁の薄さと、エレベーターと、駐車場までの距離。

今の部屋は、狭さと、通気口から入ってくる空気と、なぜか汚れやすい水回りと、せり出した柱と、微妙な位置のコンセントと、高い駐車場代です。

どの時期にも、何かしら「次はこういう部屋がいい」というものがありました。

大学時代はそこまで強くなかったのですが、働き始めて同期がいい部屋に住んでいるのを見ると、やっぱり羨ましくなりました。

比較できてしまうと、変な羨みが出てきてだめですね笑

最近SNSを見ていても、同じことを感じます。

思い出しているのは、間取りではありませんでした

4つの部屋を順番に思い返していて、一つ気づいたことがあります。

どの部屋も、改善点はすぐに出てきます。

でも、先に浮かんでくるのは楽しかった記憶のほうでした。

大学時代の部屋なら、友達と過ごした時間です。

時間がたくさんあって、自由でした。

ワンルームなら、先輩や友人を呼んで遊んだことと、シングルベッドに二人で寝ていたことです笑

条件だけ並べれば、一番よくない部屋はワンルームです。

それでも、あの部屋を思い出すときに真っ先に浮かぶのは、狭さではありませんでした。

機能の話より、そこで何をしていたかのほうが、住み心地を決めているのかもしれません。

今の部屋にも、いろいろ思うところはあります。

でも、完璧な部屋に住むのはたぶん無理です。

何かを満たせば、別の何かが足りなくなる。

追い焚きが手に入ったら、今度は柱が邪魔になりました笑

欲望がなくなることは、たぶんありません。

だから、足りないところを数えるより、「どう工夫したら今よりよくなるか」を考えているほうが前向きでいられる気がします。

今の部屋も、あとから振り返れば、きっといい思い出になっているはずです。

もっとも、一戸建てへの憧れのほうはまだ消えていません。

書斎が欲しい。

庭が欲しい。

天井から出るシャワーも欲しい。

夢のリストは相変わらず長いままです。

条件を並べても住み心地は決まらない、とここまで書いておいて、この矛盾です笑

追い焚きの頃から、僕はずっとこうなのだと思います。

それではまた。

ぽん

消化器内科医。内視鏡を握る傍ら、時間と自由の設計を考え続けている。

急性期病院を経て、現在は関西のクリニックで内視鏡診療に従事。日本内科学会認定内科医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

ロードスターで走り、LUMIXで記録し、サウナで整える。2026年、父になった。FIRE・資産形成・AI活用を探求中。

白衣の内側から見えるリアルを、等身大で書いていく。

→ もう少し詳しいプロフィールはこちら

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