祖父にもらったWindows 98で、僕はずっと遊んでいました ― 20数年後、その祖父にChatGPTを勧めた話

趣味の記録

1年ほど前、祖父にChatGPTを勧めました。

何ができるのか。

どうしてそんなことができるのか。

僕に分かる範囲で説明しました。

90代後半の人にChatGPTの仕組みを説明することになるとは思っていませんでしたが笑、祖父は興味を持って、実際にしばらく使っていました。

これには僕もびっくりしました。

でも、考えてみれば順番としては逆なんですよね。

20数年前。

僕に最初のパソコンを買ってくれたのは、その祖父でした。

欲しがったわけではありませんでした

中学に入る頃だったと思います。

ある日、母から、

「おじいちゃんがパソコンを買ってくれるらしいよ」

と聞きました。

僕が欲しいと言ったわけではありません。

祖父が「これから必要だから」と考えて買ってくれたのだと思います。

機種はもうほとんど覚えていません。

たしかNECだった気がします。

祖父はNECが好きだったので笑。

Windows 98で、CDドライブとフロッピーディスクドライブがついていました。

値段はまったく覚えていません。

そのとき祖父から言われたのは、

「これからはパソコンで作業ができることが大事だから、頑張って使いなさい」

というようなことだったと思います。

それから、

タイピングは大事だから練習しておきなさい。

これも言われた記憶があります。

祖父は、パソコン好きだったわけではないと思います

祖父は戦前生まれです。

戦後に大学へ進み、長く行政や教育に関わる仕事をしていました。

僕が生まれた頃もまだ働いていて、仕事でパソコンを使っていました。

少なくとも当時の父よりは、祖父の方がパソコンに詳しかった気がします笑。

祖父が新しい機械そのものを好きだったのかというと、たぶん少し違います。

仕事をするうえで、これからパソコンは必要になる。

そう思っていたのだと思います。

だから、自分の孫にも使える環境を用意しておいた。

今振り返ると、そういう渡し方だった気がします。

で、僕は何をしていたか

ゲームです。

祖父の意図とは若干違う気がします笑。

一番やりたかったのは、当時Windowsのパソコンで見たことがあったピンボールでした。

ところが、買ってもらったパソコンには入っていませんでした。

出鼻をくじかれました笑。

当時はまだインターネットにもつながっていません。

友達からフロッピーディスクやCDでゲームをもらって、それをパソコンに入れて遊んでいました。

RPGツクールで作られたフリーゲームにもかなりハマりました。

コンテストで入賞した作品や、友達から勧められた作品を遊ぶ。

無料なのに、

「こんなゲームまで個人で作れるのか」

と驚いていました。

今回この記事を書くまで、すっかり忘れていました。

でも思い出してみると、かなり熱い記憶です。

またやりたくなってきました笑。

時間がないですが。

遊びながら、勝手に覚えていました

何か勉強をしようと思ってパソコンを触っていたわけではありません。

ただ遊びたかっただけです。

でもゲームを動かすためには、いろいろなことをしなければいけません。

ファイルがどこにあるのか。

フォルダには階層がある。

exeファイルというものがある。

ファイルはコピーできる。

ソフトによって必要な性能が違う。

買ったゲームが、自分のパソコンの性能不足で動かなかったこともありました。

パソコンには「スペック」というものがあるらしい。

そうやって覚えました笑。

今考えれば、本当に基本的なことばかりです。

でも、パソコンを使うときに何が起きているのかという感覚は、この頃にできていったのかもしれません。

タイピングは、ガンダムで覚えました

祖父には、

「タイピングは大事だから練習しなさい」

と言われていました。

そこで真面目にタイピング練習ソフトをやった……

わけではありません。

ガンダムのタイピングゲームをやっていました笑。

キャラクター名やアニメのセリフを入力して敵を倒すゲームです。

遊びたいので、一生懸命文字を打ちます。

その結果、タイピングが速くなりました。

祖父からすると、

「そういう意味ではない」

と言われそうです笑。

でも、

言われた通りには使わなかったのに、結果として言われた通りにはなりました。

これは今考えても少し面白いです。

「パソコンに強い人」になったのは、ずっと後でした

中高生の頃は、自分がパソコンに詳しいなんて思っていませんでした。

むしろ、僕よりずっと詳しい友達がいました。

分からないことがあれば、その人に聞いていました。

高校生くらいの頃には『iP!』というパソコン雑誌をよく読んでいました。

当時のインターネットには、今より少しアングラな雰囲気がありました。

Winnyなどが話題になっていた時代です。

今考えると危うい情報も結構あった気がしますが笑、その未知の世界を覗いている感じに惹かれていました。

何かすごいものを作ったわけではありません。

相変わらず遊んでいただけです。

それが変わったのは、大学に入ってからでした。

周りには、勉強や部活を真面目にやってきて、パソコンであまり遊んでこなかった人も多かった。

そこで初めて、

自分にとって当たり前のことが、当たり前ではないらしい

と気づきました。

病院では、なぜかパソコン係になっていました

医師になってからは、さらにその傾向が強くなりました。

インターネットにつながらない。

画面を外部モニターに出したい。

映像は出るのに音が出ない。

ファイルを別のパソコンへ移したい。

文字入力がおかしい。英語しかでない。

そんな相談を受けることが増えました。

パソコンが重くなっているときにタスクマネージャーを開いて、負荷の高いソフトを終了させただけで、

「そんな画面があるんですか」

と驚かれたこともあります笑。

僕としては特別なことをしている感覚はありませんでした。

ただ、

何かがおかしいなら、どこがおかしいのか一つずつ切り分ければいい。

という感覚はありました。

最近、職場でWi-Fiがつながらなくなったときもそうでした。

端末の問題なのか。

無線ルーターなのか。

そのさらに上流なのか。

一連の流れのどこで止まっているのかを順番に見ていけばいい。

僕自身、ネットワークに深い専門知識があるわけではありません。

でも、

全体の流れを想像して、詰まっている場所を探す

という考え方は、昔からあまり変わっていない気がします。

昔の知識そのものは、どんどん役に立たなくなっています

もちろん、

「昔からパソコンを触っていたから、今もパソコンに強い」

というほど単純でもありません。

昔覚えた知識の多くは、もう役に立ちません。

フロッピーディスクの使い方を知っていても、今さら使うところがありません笑。

パソコンもスマートフォンも、昔よりずっと賢くなりました。

昔なら自分で設定しなければいけなかったことを、OSが勝手にやってくれます。

トラブルそのものも減っています。

だから、

昔知っていたこと

より、

分からないものが出てきたときに、どう考えるか

の方が残ったのだと思います。

仕組みを調べる。

全体像を考える。

どこで止まっているか切り分ける。

試す。

ダメなら別の方法を試す。

この癖は、今もかなり役に立っています。

Claudeでツールを作っているときも、たぶん同じです

以前、AIと会話しながらChrome拡張を作った話を書きました。

僕は今でもコードをまともに書けません。

それでもClaudeと相談しながら、

「ここはどういう仕組みなのか」

「なぜここで止まるのか」

「ここをこう変えたらどうなるのか」

と考えていると、ツールは少しずつ形になります。

(→「AIと会話しながらツールを作った話。コードは一行も書いていません。」

電子カルテの仕事でもAIを使っています。

(→「クリニックの電子カルテにAIを入れてみた話」

Windows 98を使っていた頃とは、やっていることがまったく違います。

でも感覚としては、そこまで違わない気もします。

分からないものを触って、仕組みが少し分かる。

今まで面倒だったことが、少し楽になる。

それが面白い。

もっと正確に言えば、

僕は昔からパソコンを「勉強していた」のではなく、

遊んでいた

のだと思います。

今もわりと同じです笑。

パソコン以外にも、祖父からもらったものがあります

この記事を書きながら、他にもいくつか思い出しました。

ネクタイの結び方は、祖父に教えてもらいました。

医学部受験の面接に付き添ってくれたときです。

普段ネクタイを締める機会は多くありませんが、今でもその結び方です。

宿泊先では非常口を確認するように言われました。

祖父は、かなり「最悪の場合」を考える人です。

災害への備蓄もそうですし、ホテルへ行けば非常経路を確認する。

僕にも確認するように言っていました。

そのせいか、僕も今でもホテルに泊まると非常口を確認します。

娘を連れていったときも、

「これが倒れたら危ない」

「これが落ちたら危ない」

と、周囲をよく見ています。

ダイニングチェアまで指摘されました笑。

あと、祖父からもらった扇子も、あまり使わないのにずっと持ち歩いています。

こうして並べてみると、少し共通点があります。

いつか必要になるから、今のうちに使えるようにしておけ。

何か起きるかもしれないから、今のうちに備えておけ。

パソコンも、たぶんその一つでした。

そして今度は、僕が祖父にChatGPTを勧めました

祖父とは今も、ときどき会っています。

最近は娘を連れて会いに行くことが多くなりました。

年齢もかなり重ねて、以前のように長く込み入った話をすることは減りました。

そんな祖父に、1年ほど前、僕はChatGPTを勧めました。

祖父が僕にWindows 98のパソコンを渡したとき、

「これから必要になる」

と思っていたのだと思います。

そして20数年後。

今度は僕が、

「これ、たぶんこれからすごく使われると思うよ」

とAIを説明していました。

立場が逆になっていました。

祖父は興味を持って、実際に使ってみていました。

講演用のスライドをAIで作ったり、仕事でAIを使ったりしていると話すと、驚いていました。

パソコンを買ってくれた人に、パソコンの先に出てきた新しい道具の話をしている。

考えてみると、少し不思議です。

パソコンを買ってもらったこと自体を、僕は忘れていました

もっと正直に言うと、

僕は祖父に最初のパソコンを買ってもらったこと自体を、長いこと忘れていました。

前回、ゲームセンターの記事を書くために中高生の頃を思い返していて、

「あ、最初のパソコンは祖父が買ってくれたんだった」

と思い出しました。

(→「三国志大戦は、もう終わっていました ― ゲームセンターに通っていた頃の話」

そこから考えていくと、

ゲームをしたこと。

タイピングを覚えたこと。

パソコンで遊ぶようになったこと。

周りからパソコンに強いと思われるようになったこと。

医師になってからもトラブル対応をしていること。

そして今、AIと一緒にツールを作っていること。

全部直接つながっているわけではないと思います。

でも、

あのパソコンがかなり大きな一手だった

ことは間違いなさそうです。

まだ、改めてお礼は言えていません。

次に会ったとき、

「そういえば、最初のパソコン買ってくれてありがとう」

くらいは言ってみようと思っています。

たぶん祖父は、

「そんな昔のこと」

と言う気がします笑。

祖父は、

頑張って使いなさい

と言いました。

僕は、頑張るどころか、ずっと遊んでいました。

でも20数年経って振り返ってみると、

それでよかったのかもしれません。

遊んでいたから触り続けました。

触り続けたから、分からないものを怖がらなくなりました。

そして今も、AIで遊んでいます。

言われた通りには使わなかったのに、

結果としては、祖父の言った通りになった気がしています。

それではまた。

ぽん

消化器内科医。内視鏡を握る傍ら、時間と自由の設計を考え続けている。

急性期病院を経て、現在は関西のクリニックで内視鏡診療に従事。日本内科学会認定内科医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

ロードスターで走り、LUMIXで記録し、サウナで整える。2026年、父になった。FIRE・資産形成・AI活用を探求中。

白衣の内側から見えるリアルを、等身大で書いていく。

→ もう少し詳しいプロフィールはこちら

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